大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(う)2624号 判決

控訴人 被告人 志村秀司 外一名

弁護人 飛鳥田一雄

検察官 原長栄

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人飛鳥田一雄提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

控訴趣意一及び二について、

原判決挙示の証拠によれば、原判決摘示の事実は、すべてこれを認めることができる。そして被告人等の配布した本件のタプロイド版半截の印刷物は、原判決が証拠として挙示する領置にかかるビラに徴すれば、「明日(二十三日)投票日、お金が勝つか組織が勝つか!!、貴重な一票は革新候補で有効に!!」と題し、「今迄私達働く者の要求を何一つ取り上げてくれなかつた保守党候補の甘言に惑されることなく、私達の組織を信頼して是非労働組合の推薦する候補を支援して下さい」と記載し、知事選挙の候補者として東京都知事候補者有田八郎及び神奈川県知事候補者兼子秀夫の各氏名を記載し、次に県会、都会議員候補として、相模原市佐藤平仁、町田市森山三郎、八王子市三浦八郎、その他横浜市各区及び神奈川県下各市郡のいわゆる革新候補として候補者二十二名の氏名を列記した全駐労相模支部名義の書面であるところ、所論は労働組合といえどもその組合員の経済的地位の向上を図ることを目的とし、これに必要な限度で政治的活動をすることは許され、その機関紙において組合員の社会的政治的意識の向上を図るため特定の政党又は候補者を推薦支持し、若しくはこれに反対する旨報道し論評することは正に正当な活動である。本件の印刷物は、全駐労相模支部が右許された正当な政治活動の範囲内で組合内部の正式な手続により支持すべき政党、候補者等を決定し、その決定を組合員に伝達するため作られた同支部の機関紙であり、特定の候補者の当選を目的としたものではなく、全般的に革新系候補者全体を推薦する組合の政治的意図を表明したに過ぎないものである。又全駐労相模支部では組合決定事項を組合員に伝達する場合には常に原判決判示の通用門において組合員に文書を渡す方法によつていたものであるから、本件機関紙の頒布も通常の方法に従つたものである。右印刷物が公職選挙法第百四十八条第三項の新聞、雑誌に該ると否とを問わず、又同法第二百一条の十三(趣意書に同法第百四十八条の十三とあるのは誤記と認める)に規定する機関新聞紙又は機関雑誌に該ると否とを問わず労働組合の正当な政治的意図を伝達する手段として許されるものであつて、これを公職選挙法違反に問擬した原判決は、法の解釈を誤つた違法があるか事実を誤認したものであると主張する。

よつて按ずるに被告人等の配布した本件印刷物は題号、発行日附もなく、号を追つたものでもなく、政党その他の政治団体の発行するものでもないから、公職選挙法第百四十八条にいう新聞紙、雑誌に該らず、又同法第二百一条の十三にいう政党その他の政治団体の機関新聞紙、機関雑誌にも該らないこと論をまたない。又右印刷物には、神奈川県知事候補者の氏名のほかに東京都知事候補者の氏名も記載してあり、更に県会、都会議員候補者として、神奈川県議会議員候補者佐藤平仁の氏名のほかに、東京都並びに神奈川県の議会議員候補者の氏名が多数列記されていることは所論のとおりであるが、右印刷物には前記のように「明日(二十三日)投票日、お金が勝つか組織が勝つか」「貴重な一票は革新候補で有効に!!」とし、「保守党候補の甘言に惑されることなく私達の組織を信頼して是非労働組合の推薦する候補を支援して下さい」と記載されているのであるから、右印刷物は、昭和三十四年四月二十三日施行の都道府県知事選挙及び都道府県議会議員選挙に際し、全駐労相模支部の推薦する右印刷物に列記のいわゆる革新候補の当選を目的としたものというべく、又右印刷物は、神奈川県相模原市所在の在日米軍総合補給廠(G、D、J)の第五及び第四各通用門前路上で同補給廠に通勤している労働者を主たる対象としてこれに頒布したというのであるから、右印刷物の頒布は、これを受取つた労働者の住所地を選挙区とする候補者中右印刷物に記載されている特定のいわゆる革新候補者に投票することを慫慂した選挙運動のために使用する文書と解せられる。してみれば右印刷物には各選挙区の多数の候補者の氏名が記載されているからといつて、右が特定の候補者の当選を目的としたものではないということはできない。もつとも原審第三回公判調書によれば、検察官は、被告人等が神奈川県知事候補者兼子秀夫及び神奈川県議会議員候補者佐藤平仁の当選を得しめる目的をもつて本件印刷物を頒布した事実を訴追する趣旨である旨を釈明しているのであるが、右の理は同一であつて右印刷物は右知事候補者兼子秀夫又は右県議会議員候補者佐藤平仁の立候補した選挙区の選挙人に対し、右候補者等に投票すべきことを慫慂したものと解せられる。してみれば被告人等より本件印刷物の頒布を受けた者のうちには、知事選挙については、神奈川県における選挙権のない者、県議会議員選挙については、相模原市における選挙権を有しない者の存することは、当然予想されるところであるが、これらの選挙権を有する者の存することも当然であり、制限外文書頒布による公職選挙法違反の罪が成立するためには、特定の候補者に当選を得しめる目的で同法第百四十二条各号に規定する通常葉書以外の選挙運動のために使用する文書を不特定多数の人に頒布すれば足り、頒布を受けた者のうち偶々選挙権を有しない者が若干存したからといつて同罪の成立に消長を来すものではないと解すべきである。してみれば原判決が被告人等の所為を公職選挙法第百四十二条第一項第三号、第四号第二百四十三条第三号に問擬したのは正当である。なお所論は、右印刷物は全駐労がその労働組合として許される限度内で政治的意図を伝達するため頒布したものであるから之を公職選挙法違反に問うことは、正当な組合活動を処罰するもので憲法に違反すると主張する。しかし労働組合が組合員の労働条件の維持改善と、その経済的地位の向上を図る目的に必要な限度で政治活動を行うことは許されるとしても、その政治活動は法に従い適法に行われることを要するのは当然である。公職選挙法の規定は、選挙運動が公正に行われることを図るためのもので労働組合のみならず何人もこれに従うことを要するのであつて、同法所定の新聞紙雑誌でもなく、又同法所定の政治団体の機関新聞紙、機関雑誌でもない本件の様な印刷物を頒布することは、労働組合としても許されないものであるから、これを以つて正当な労働組合の活動ということはできない。従つてこれが正当な組合活動であることを前提とする違憲の主張は理由がない。論旨はいずれも理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 岩田誠 判事 渡辺辰吉 判事 秋葉雄治)

弁護人飛鳥田一雄の控訴趣意

一、原判決は法の解釈を誤つている。

即ち原判決は被告人両名が本件において配布したものが、全駐労相模支部機関紙たることを認めつつ直ちにこれを「法定外」と判断し有罪判決の基礎としている。しかし、労働組合機関紙は単なる一般文書とは異る性質を持つものであつて、その報道と評論の自由の限界は慎重な考慮を払わなければならぬものである。即ち、それは労働組合運動の制限となるべきものであつてはならない。元来機関紙とは特定の社会的、政治的もしくは経済的立場をとる団体がその決定した意思を伝達し、その団体の目的達成に必要な評論を行い、構成員相互の連絡を図ることをその使命とする。これを労働組合についてみれば『労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体』(労組法第二条)と規定され、その機関紙は当然組合員の経済的地位の向上を図ることを目的とし、これに必要な限度で政治的評論を併せ行い組合員の社会的、政治的意識の向上を図るとともに組合自身の行う政治活動を有効に展開することを期待されているものと言わなければならない。とりわけ全駐労に就いてみれば同労働組合の組合員が雇用されているのは日本政府であつて、日本政府が日米行政協定に基いてその労働力を米軍に提供しているのにすぎないのであるから、同労組が組合員の利益を擁護することを考える限り国会における政治力を介して斗わないわけにはゆかないのである。まして、最近においては駐留軍の撤退移動等について解雇者を多く出しこれが処理について国会、県議会、市議会において論議せらるるのである以上そのために組合の利益代表や支持政党の党員を各級議会に選出することは不可欠のことである。勿論労働組合がその経済的活動に附随して行い得る政治活動の内容や程度はその必要性の度合に応じて決定をせられなければならないものであるが、その機関紙において特定の政党又は候補者を推薦支持し、もしくはこれに反対する旨を報道しその解説を行い、更にこれについての意見を表明するなどの方法により評論をなすことが正当であることは言うを俟たないところである。けだし、然らざれば憲法による労働権、労働基本権の保障は或る程度の侵害を受けざるを得ないこととなつてしまうからである。この点本件に照らし検討して見れば次の通りである。〈1〉本件機関紙の内容は全駐労相模支部選挙対策委員会の決定、同執行委員会の承認を経たものであつて、組合の正式活動である。(証人鳥山高)(被告人志村秀司の検察官に対する供述調書)〈2〉その趣旨は特定候補者の当選のみを目的としたものではなく、組合推薦の決定を組合員に通達する為めのものであつた。(詳細は後述)〈3〉頒布の方法も通常の方法に従つており、被告人両名も又頒布の事務を常に担当しているものであつた。即ち米軍基地は一般的に労務基本契約(米軍と調達庁と全駐労との間に成立した契約であつて一般の労働協約に相当するもの)によつて、基地内職場内での組合活動が規制されているため、ゲートで組合員に呼かけ、或は機関紙を配布することによつて組合活動が行われている実情にある。本件全駐労相模支部においても第四、第五通用門でビラや機関紙をまくことが通常の方法とされ、配付を行うものは組合からその都度担当を命ぜられるのであつて本件被告人らは通常の事務担当者と言うべきである。〈4〉頒布の対象もまた通常である。勿論本件第四、第五通用門を通過するものは約四千人近くであり、そのうち組合員は当時千五百人であつた。然しこの通用門は米軍相模原統合補給廠の専用であり、ここに勤務する労働者以外は一、二の例外を除いて通行しない。従つて組合員獲得のためにも又職場内啓蒙宣伝を行うためにも常に機関紙は非組合員にもその要求あらば手渡すことが行われる。本件の場合だけ非組合員にも頒布したと言うことは言えないのである。以上の様に本件の対象となつた全駐労相模支部の機関紙は適法な組合の活動であつてこれをもし「法定外」なる一語によつて直ちに公職選挙法違反なりとするにおいては組合の適法なる政治活動を一切制限することとなり違法である。勿論本件機関紙が公職選挙法第一四八条三項の要件を具備したものなりや否やの点は当然議論となりうるところである。然し、右法条は新聞紙又は雑誌と規定しているのであつて、機関紙そのものをさしてはいない。即ち新聞紙、雑誌という限りそれは不特定多数人を対象とするものであつて、組合員相互、或は組合とその構成員相互の意思伝達に限られるものとは区別すべきものである。組合機関紙は例えその部数が相当数量に達したとするもあくまでも部内における意思伝達の機関であつて、第一四三条の新聞雑誌と異り、組合の活動そのものとして見なければならぬ筈である。従つて組合が自己の目的を達するため(特に全駐労が政治的活動を広汎に行いうるものであることは前述した)推薦候補者を決定し、組合員にこれを周知撤底せしめる活動が許されている限りこれを行うための手段を、部外に渉らざる範囲内において認めざるを得ないのである。従つて法第一四八条の一三に規定する新聞雑誌に当るや否やを論ずることなく本件組合はその組合活動として、機関紙を部内に限つては組合の政治的意図(特定候補者の当選を直接の目的としない)を伝達する手段として利用出来るものとしなければ憲法違反のそしりを免れることは出来ないと言うべきである。原判決がかかる組合活動をまで違法とした解釈は、当然破棄をまぬがれないものと信ずる。

二、原判決は事実を誤認している。

即ち原判決は本件全駐労相模支部名義のタブロイド版半截印刷物の記載内容を解釈し、昭和三四年四月二三日施行の地方選挙に際し神奈川県知事候補者兼子秀夫、県議候補者佐藤平仁等革新系候補者の当選を得しむることを直接の目的とするものと解してこれを選挙運動の為めにするものと認定しているが、右印刷物(機関紙)は、特定の候補者の当選を直接の目的としているものではなく、全般的に革新系候補者全体を推薦する組合の政治的意図を表明しているのに過ぎない。現にその表題をみても『明日の投票日、お金が勝つか組織が勝つか、貴重な一票は革新候補者で有効に』と題されていることは原判決の認める通りであつて、これが両名のみの当選を直接目的としていると解することが如何に困難かは明かなところである。又そこに列記されている候補者は東京、神奈川全般に亘り、その多数列記が、組合として革新系政党を支持するの意図を示すことに重点の存することも異論なきところと信ずる。若し右両名の当選を直接目的とするならば他の候補者氏名を数多く列記することは反つて効果を減殺する結果をしかもたらさない。この点について被告人志村秀司の検察官に対する供述調書が『当支部では本年三月頃大会で革新系候補者全員の推薦を決定し、組合PRを活溌にやりました。その後四月二三日の投票日も間近かになり支部でチラシを作つて大会の決定事項を組合員に知らせ、又候補者の名前も明確にしておく必要があるので、チラシを配つて組合員に徹底させる必要を生じました。』

『答 お示しのビラが其の時のビラに相違ありません。之は勿論革新系候補の当選を願つて一人でも多く投票する様組合員に働きかけたビラです。もともと之は組合の決定事項を内部的に組合に流す組合活動の一つで、その上革新系候補者全員の名前を書いたもので、特定性も乏しくこんなビラが選挙違反の疑いになろうとは全然知りませんでした。』と述べていることによつても充分証明しうるところであろう。即ち作成者の意思も明らかに、革新系候補者全般の当選を希望し、組合員の協力を求めているに過ぎないことが明らかである。若し組合の政治的決定を組合員に通達し、全般的に革新系候補の当選を希望するものであるとすれば、それは公職選挙法の所謂特定候補に当選を得せしむることを直接目的とする選挙運動と言いえないこともまた明かであつて、この点原判決は事実の認定を誤つているものと言わざるを得ない。かかる事実の誤認が、正当なる組合活動を不当に制限する結果を生ずるものとして、当然破棄を免れないものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例